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東京高等裁判所 平成6年(う)671号 判決 1994年8月02日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

原審における未決勾留日数中四〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人佐藤恒男提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

一  所論は、原判示第四の事実について、被告人は、Aに覚せい剤の注射をしてもらったものであるのに、被告人が自分で注射した旨認定した原判決には事実誤認があり、また、被告人を懲役一年二月に処した原判決の量刑は、重過ぎて不当である、というのであるが、所論に対する判断に先立ち、職権をもって調査すると、原判示第四の事実に関する起訴状記載の公訴事実は、「被告人は、法定の除外事由がないのに、平成六年一月上旬ころから同月一八日までの間、千葉県内またはその周辺地域において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンを含有する水溶液若干量を自己の身体に注射し、もって覚せい剤を使用した。」というものであるところ、原判決は、これに対して、犯行の日時を、「平成六年一月一六日ないし同月一七日ころ」、犯行場所を「前記第二記載(千葉市<地番略>)のB方」とする他、前記公訴事実と同旨の事実を認定していることが認められる。

二  ところで、公訴提起にあたって、犯罪の日時、場所等が、詳らかでない場合に、本件程度に公訴事実を概括的に記載することは、それが検察官において、起訴当時の証拠に基づきできる限り特定したものであるときは、訴因の特定に欠けるところはないとして許容されるけれども、証拠上これが判明しているときには、これを具体的に記載すべきものであることは自明の理である。

これを本件について見ると、

1  検察官は、原審において、原判示第四ないしこれを含む事実関係について、<1>立証趣旨を、「犯行状況等」とする被告人の平成六年三月九日付検察官調書(六丁のもの)及び同年二月八日付司法警察員調書(一四丁のもの)、<2>立証趣旨を、「Aと被告人らの関係及び犯行目撃状況等」、「Aと被告人らの関係等」とするCの平成六年三月一〇日付検察官調書、同年二月九日付司法警察員調書謄本、<3>立証趣旨を「犯行現場への引き当たり状況及び犯行再現状況等」とする司法警察員作成の覚せい剤使用場所に対する引き当たり捜査報告書等の証拠請求をし、原審は弁護人の同意を得てこれらを取り調べたことが明らかである。

2(1) そして、<1>において被告人が供述する内容は、「平成六年一月一六日午前三時ころ、同じ家に住んでいるCと自宅でテレビの深夜放送を見ているとき、三、四年前からの友達であるAから『遊びに行く。』という電話がかかり、それから、しばらくして同人が家にやってきた。同人が、覚せい剤の注射をすると言い出したが、その場にはCの子供もいたので、『下でやって。』と言って、Aと二人で一階事務所脇の部屋に入った。Aは、覚せい剤を取り出し腕に注射していたが、注射し終わると、自分に『やりますか。』と言うので、自分も注射したくなり、同人から右腕に覚せい剤を注射してもらった。Aは、午前五時ころ帰っていった。」というものである。

(2) 次に、<2>において、Cの供述する内容は、「平成六年一月一六日早朝、(被告人の供述するとおり)前記Aが、被告人や自分(C)の居住する家に訪ねてきたこと、Aと被告人が二人で一階事務所の方に降りていったことなどは、いずれも間違いない。」というものである。

(3) また、<3>の捜査報告書には、捜査の目的を、「被疑者の自供を裏付けるとともに本件犯行(使用)場所を特定するため」として、捜査官において、被告人が本件覚せい剤使用場所であると供述する千葉市<地番略>B方を被告人に案内させて検分するとともに、捜査員を、Aに見立てて、被告人が同人から覚せい剤を注射してもらった状況を再現させ、右B方の部屋の状況及び被告人の供述する覚せい剤使用の再現状況を写真撮影して前記報告書に添付している。

3  そして、被告人が、本件覚せい剤を使用したという平成六年一月一六日に接着した同月二一日に、捜査官が被告人から任意提出を受け採取した尿中から覚せい剤が検出されたことが明らかである。

4  ところで、記録を精査しても、以上の被告人及びCの供述を信用しがたいとする事情は見当たらず、検察官も、同人らの前記供述調書や被告人の供述に基づいて作成された前記捜査報告書を犯行状況、犯行再現状況等の立証趣旨で証拠請求しているのであって、原判決も、これをまったく信用しがたいものとは見ていないことは、犯罪の日時、場所を公訴事実とは異なり前記のように認定していることからも窺え、本件は、覚せい剤使用の日時、場所、共謀の有無等が証拠上明らかでない事案とは異なるというべきである。

ちなみに、原判示第一の事実の犯罪の日時、場所及びDとの共謀に関する証拠は、被告人の供述だけであるところ、原判決もこれを信用して原判示のとおり認定したものと認められるが、Cの供述により、その重要な一部について裏付けのある原判示第四の事実に関する被告人の供述を、原判示第一に関するものと異なり信用しがたいとして排斥すべき事情があるとは到底認められない。

5  なお、Cは、「(被告人の供述する一月一六日早朝の翌日である)一月一七日の昼ころ、被告人が、前記C方の部屋で覚せい剤を注射しているのを見た。」とも供述している(前記Cの平成六年三月一〇日付検察官調書)が、右は前記被告人の供述する覚せい剤使用と両立し得る事実であり、Cが右のような供述をしているからといって、被告人の供述する覚せい剤使用の事実が否定される関係にないことも明らかである。

三  ところが、検察官は、原判示第四の公訴事実について、以上のような証拠に基づき訴因を日時、場所等によって特定することなく、前記のような概括的な記載をもって、被告人を起訴したものであるから、原審としては、検察官に釈明を求め訴因をより具体的に特定させるべきであったといわなければならない。なお、被告人の覚せい剤注射を目撃した旨のCの前記検察官調書中の供述も一概には排斥し得ず、かつ同調書の立証趣旨は前記のとおり「犯行目撃状況等」とされていたのであるから、前記公訴事実の記載につき、検察官として、同女の目撃したとする被告人の覚せい剤使用を起訴したものと見る余地もない訳ではないところ、これと被告人の供述する覚せい剤使用の事実とは社会的事実として両立し得るもので、併合罪の関係にあるから、本件において原審が検察官に釈明を求め訴因を特定識別することの必要性はいっそう強かったというべきである。しかるに、原審はこれをせず、漫然、前記のように概括的で不特定な事実を認定判示したことが明らかであるから、原審は、訴訟手続の法令違反を冒したものというべきであり、これが判決に影響を及ぼすことが明らかである。したがって、所論についての判断を待つまでもなく、原判決は破棄を免れない。

四  よって、刑訴法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄することとし、なお、当審検察官は、本件は、被告人の供述する内容の覚せい剤使用事実を起訴したものであり、共謀による覚せい剤使用を否定するものではない、と釈明し、また弁護人は、一貫して本件起訴にかかる覚せい剤使用は、Aに注射してもらったものである旨右検察官の釈明に沿う内容のものであることを主張していることに鑑み、当審において、右事実を認定するに支障はないと解されるので、同法四〇〇条但書により、直ちに、被告事件について更に次のとおり判決する。

(原判示罪となるべき事実第四に代えて当裁判所が新たに認定した事実)

被告人は、Aと共謀のうえ、法定の除外事由がないのに、平成六年一月一六日ころ、原判示罪となるべき事実第二記載のB方において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンを含有する水溶液若干量を、右Aが被告人の右腕部に注射し、もって覚せい剤を使用したものである。

(右認定事実についての証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の原判示第一の所為及び当裁判所の認定した所為は、いずれも覚せい剤取締法四一条の三第一項一号、一九条、刑法六〇条に、同原判示第二、第三の各所為はいずれも覚せい剤取締法四一条の二第一項に各該当するところ、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い原判示第二の罪の刑に法定の加重をし、その刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処することとし、同法二一条により原審における未決勾留日数中四〇日を右刑に算入する。

(量刑について)

なお、量刑について付言すると、本件は、被告人が前記各日時、場所において、覚せい剤を二回にわたり他の者に自己の右腕に注射してもらって使用し、二回にわたり他人に無償で覚せい剤合計〇・一七五グラムを譲渡した、という事案であるところ、被告人が覚せい剤関係者と親しく交際し、平成四年八月ころから、自らも覚せい剤の使用を初め、覚せい剤事犯で留置された内夫のことで千葉南警察署を訪ねた際、その言動、態度から覚せい剤使用を疑われ、警察官から追及されて、「覚せい剤を打ちました。」と述べ、原判示第一の覚せい剤使用の事実を認めて尿を任意提出したのに、その後、更に他の三回の覚せい剤の譲渡、使用の犯行に及ぶなど、被告人の覚せい剤に対する親和性は根深いものがあり、その規範意識の乏しさは著しく、被告人の罪責は重いといわざるを得ない。他方、被告人には、これまで前科のないこと、更生のため助力を惜しまないという知合いがいること、被告人の年齢、反省の態度など被告人のために酌量することができる諸事情もあるので、これらを総合考慮して、主文のとおり量刑した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林充 裁判官 中野保昭 裁判官 小川正明)

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